ヤベツ

聖書(1歴代誌4章)の中に只一度だけ登場するヤベツ、彼に関する記述はわずか数行にしかすぎません。普段さっと読み過ごされるような箇所です。唐突に現れるヤベツと言う人物の記事を通して神様からのメッセ-ジを聞くことができました。彼の母は、「私が悲しみのうちにこの子を生んだから。」と言って彼にヤベツと言う名をつけた、とあります。

母親の悲しみとは

母親の悲しみとはいったい何だったのでしょうか。父親がヤベツの胎児の時に死んだのか、身体に障害を持って出生し将来を案じての事かわかりません。ヤベツはこの母親の悲しみを共に担ってきたのではないでしょうか。
ヤベツはイスラエルの神に呼ばわっていった。
「私を大いに祝福し、私の地境を広げてくださいますように.御手が私とともにあり、わざわいから遠ざけて私が苦しむことのないようにしてくださいますように。」

ヤベツのストレートな祈り

そこで神は彼の願ったことをかなえられた。(1歴代誌4:10)

このヤベツのストレートな祈りの中に、神からの祝福を受け取る秘訣が隠されていると思いました。ヤベツは兄弟の内で最も尊ばれるものとなりました。これは私たちに大きな示唆を与えてくれます。自己の弱さ、無価値を自覚して大担に、ストレ-トに神に求めるヤベツの姿こそ神様が私たちに求めるところではないでしょうか。聖書は悲しみの内容を伏せて、その解放が語られています。現状や環境がどうであれ率直な祈りに神様は応えて下さいます。

自然界に示された神の栄光

不況、そして老後への不安、等々私達をとりまく環境はどこをみても決して明るいものはありません。神様を信じても天からパンは降って来ませんよ、これが神様を否定し拒否する理由の一つです。私もその一人でした。
しかし、創造者なる全能の神様は自然界のあらゆるものを通し御自身の栄光をお示しになっておられます。宇宙船飛行士が船外に暗闇に浮かぶ地球を見た時、思わず「おお神よ!」と叫んだという事は有名な話です。神様はこの地球を人の住みかとして造られました。大空に示された神の栄光を見た時、科学のエキスパ-トでさえこう叫ばずにはえられませんでした。「無価値な弱い者が万物の創造者・永遠の神を否定し拒否する事は何と愚かな恐ろしい事か……」と。

幼子と乳飲み子たちの口

「あなたはご威光を天に置かれました。あなたは幼子と乳飲み子たちの口によって、力を打ち建てられました。それは、あなたに敵対する者のため、敵と復讐するもためでした。
「あなたの指のわざである天を見、あなたが整えられた月や星を見ますのに、人とは、何者なのでしょう。あなたがこれを心に留められるとは。人の子とは、何者なのでしょう。あなたがこれを顧みられるとは。」(詩篇)

幼子とは小さいものの代表

「幼子と乳飲み子」とは人間の中の最も小さいものの代表です。幼児のような本能的な振舞いを通してでさえ御自身を現されています。子供のように神の国を受けいれる者でなければ決してそこにはいることはできません!とイエス様は語られました。
幼子のように、乳飲み子のように純粋に神様を慕い求めるものを神様は求めています。

聖書のことば

「求めなさい。そうすれば与えられます。探しなさい。そうすれば見つかります。
たたきなさいそうすれば開かれます。」

「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト.イエスあって神があなたがたに望んでおられることです。」

神とともに歩む人生こそ苦悩の中にあっても喜ぶ体験をすることができるのです。